ひとつのスタート

「ワカメの初収穫」
 震災から10カ月‥長いような早かったような。
 記憶の中ではずっと昔の話しのような気がします、全ての状況の変化に出来るだけ対応できるように毎日考えなければなく、記憶力と思考力の限界だったのかもしれません。


 ワカメを生産すること自体、挑戦でした。
 当時の状況からして三陸の海は、全滅・荒れた漁場・資材が何も無いだけでなく、ワカメの種である雌株が無いという状況。それでも一早く復活でき、あまりコストがかからない手法は、やはりワカメしかないと強く思っていました。

 そんなとき全国にいる仲間が助けてくれました
岡山にいる海苔漁師「ワイら方に辞める漁師がおるけん漁具持って行け!」
資材が手に入らないと言われてる時期にそんな事を言ってくれた。

 いち早く準備ができてやれる!と思った。
 お世話になっている資材メーカーの紹介で長崎の島原漁協の海苔、ワカメ漁師さん達からも「雌株なんぼでも送ってやる!」と種の確保も進む。地元宮城のワカメ種を作る漁師さん、そこに関わる組合長。多くの方々の親切が集中し、進むだけの状況が揃った。


 ただ、原発の放射能だけ不安が残った。
 自分達は海苔漁師、食品を作り出せる一次産業で、自然から恩恵を受けて、それを形にする。自分の子に食べさせれない物など絶対作らない、そう心に決めて いる。海の回復は驚くほど早い。ワカメはすくすく育った。本来であれば海苔を育てているこの時期です。やはり海苔を育てられない事を寂しく思うこともあっ たが、でもワカメを育ててる喜びもあった。

 

ワカメの成長と共に不安が大きくなっている、もし放射能が出たら・・・

でも最初から決めている、出たら捨てよう!

 

 二回検査に出し「不検出」の結果。今後も定期的に検査します。
 検査の結果を待つその時の緊張と、結果を受けた時の喜びは忘れないと思う。
仲間達と応援してくれた人、みんなで作った復興ワカメ、大成功。
これからが正念場、海苔を作りたい。

 

まだまだ苦しんでいる人達が沢山います 全ての人は仲間です。