大曲浜への想い

はじめまして、相澤武一です。
現在我々の海苔養殖の源になるものは、昭和18年(戦中)頃、先々代が内水面(内海)で始めたと聞いています。その後、時とともに技術が向上と機械化が進み、近年は安定した収入が得られるようになりました。
そして量よりも質の良いもの、もっと良いものを個々の生産者が求めて出来たのが、「皇室御献上の浜」だと思います。


3.11の一瞬でこれまでの全てを無くしましたが、来期から皇室御献上の浜として生産出来るよう、今日も海上(ガレキ撤去)、陸上(片付け準備)作業を行っています。努力の結果である海苔が採れていた時期に比べ、寒さが例年以上身に応える気がします。

でも、明日も頑張ります!

津波の被害を受けた「第八俊洋丸」
津波の被害を受けた「第八俊洋丸」